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E かけがえのない贅沢にため息 - お祖母さんの家具ときもの -

我が家にある食器棚は夫の祖母から受け継いだ物である。彼女が職人さんに特別注文した、アルザス地方独特の技術と精巧な装飾法で造られた逸品で、この様な仕事が出来る職人さんはもう存在しないとの事だ。この食器棚の手入れははっきり言って大変だ。埃は直ぐに除去し、油汚れや水分が付かない様に気を配っていなくてはならない。週に一度は茶袋(これは私の祖母から教わった!)で磨き上げるのが習慣になっている。そのお蔭か、食器棚はツンとした姿で我が家の居間に鎮座し、遊びに来る人皆に誉めて頂いている。

夫婦共働きで結構忙しい私たちにとってこの食器棚はかなり手間がかかるものなのだが、私はもうひとつ手間がかかるものを持っている。言わずと知れたきもの達である。前のエッセイでも御紹介したが、きものは私のパリでのワードローブの一部で、きものを着て出掛ける事でパリで様々な素晴らしいご縁を頂いている。そんないい事づくめのパリ生活を提供してくれるきものたちであるが、現代生活の中できものを管理していくのは確かに手間のかかる事である。被れば良い洋服と違って、着るのも時間がかかるし、脱いだら脱いだで、襦袢や小物類がその辺に散乱し、疲れている時などは正直嫌になる事もある。洋服ならそれでそのまま放置しておいて次の日に片付ける、という横着も出来るが同じ事をするときものは確実に痛んでしまう。きものも小物も風を通し、翌日はきちんと畳んで、帯締めの房を厚紙に巻いて ….. 。洋服だと、オートクチュールクラスのものでないと日常的にこんな扱いはしないであろう。

フランスでは、祖父母の代からの家具を使用しているなんていう話はざらで、洋服やアクセサリー、カーテン等のインテリア小物等も先祖代々のものを大切に使っている人も多い。 そういったものを大切にしている人々を見ていると、長い年月絶え間なく手入れされてきたその手間暇を尊敬する心が覗える。現代生活の中、しかもパリという大都市の生活の中で手間暇をかけてものを保存していく、守っていくという行為はある意味の「贅沢」なのだと思う。尊敬の気持ちがあるからこそこの贅沢も意味があり、ありがたく楽しめるのだ。そしてその贅沢から与えられる心の安らぎは、金銭で買える贅沢とは比較にならないものだ。

お金を出せば何でも買え、物が使い捨てに出来る時代はいつまで続くのだろうか?フランスでは若い世代は確実にアメリカ式の消費社会に冒されているが、それでもパリはその姿を変えずパリである続けている。そう、パリであり続ける事そのものが既に贅沢なのかもしれない。私もこの街の生活を楽しみながら、守り続けていく事、受け継いでいく事の贅沢を再認識したと思う。 今日も、お祖母さんの食器棚を磨き、きものの手入れをしよう。食器棚が綺麗に輝くその瞬間、 きものをまとって鏡に姿を映すその瞬間の「贅沢」のために額に汗して頑張るのである。

 
   

R.C.S. Paris B447622465

No. SIRET 447 662 465 00014